風薫る


 

 話し声がふたつ聞こえる。
 高い子供の、そうだリボーンの声と、対照的に低い、緩やかな口調の、こっちは、
「――― !」
 がばと跳ね起きる。
 跳ね起きた瞬間、激痛が後頭部とみぞおちに走ってオレは腹を抱えてうずくまった。
 拍子に、被せられていた黒い学ランがばさばさと落ちかけて、慌てて手を伸ばして捕まえた。
「漸くお目覚めか、ダメツナ」
 いつの間に移動させられたのか、オレの寝かされてたのは公園のベンチの上だった。
 話し声の元は、隣のベンチに並んで腰掛けたふたつの人影。
「リボーン。と、ヒバリ、さん」
 名前を呼ばれたその人は、けれどちょっとオレに視線をくれただけで、すっと目を伏せて手に持った水筒のコップを黙って啜った。
「様子見に来てみればあっさりK〇済みか。一時間も持たなかったのか、だらしのねえ」
「う。……仕方ないだろ!ていうかリボーン、何か用かよ」
 今のオレはヒバリさんと絶賛修行中の身なのだ。
 五月の初日に、連休中会えませんかとメールしたらあっさり、いいよ、じゃあ明日ねと返ってきた。
 オレがどれだけ舞い上がったか判って貰えるだろうか。
 それが、待ち合わせ場所の並盛公園にいそいそと向かってみれば、既にトンファーを両手に構えてやる気満々のヒバリさんが待ち構えていて、目を白黒させるオレに、こう、宣ったのだ。
「赤ん坊に聞いたよ。もっと強くなりたいんだってね」
 それでまあ後はお決まりのコース。
 一時間持ったのはそれでも成長したと誉めて欲しいと思う。
 結局はえげつない一撃を腹に一発(狙ってあれを撃ったのであれば、本当に鬼だこの人)、頭に一発で沈まされて、気がつけば公園のベンチの上。
「用は今ヒバリに伝えたからもういい。折角の個人授業だからな、精々頑張れよ」
 そう言って、リボーンは気障に帽子の端を持ち上げてみせると、ひょいとベンチから降り立った。
 降り立った場所の落ち葉が一瞬ひゅっと渦を巻いて、ぱらぱらと落ちて、そして其処にはもう誰も居なかった。
「ええと、リボーン何か言ってました」
「君の母さんから差し入れだって。昼食は家に帰っても用意してない。帰りに、卵とドレッシング、あとコーヒー豆と買ってきてって」
 道理で、ヒバリさんの持っている水筒に見覚えがあると思った。それ、うちのじゃないか。
 その隣には風呂敷を解かれたおにぎりの山。
 ヒバリさんの膝の上にも、食べかけのがいっこ乗っている。
「ていうかそれ全部オレへの用事じゃないですか!」
 オレは立ち上がって隣のベンチにずかずか近づいた。
 ずかずかというか、ふらふらだったかもしれない。
 何だか面白くない。何二人仲良く話しこんでるんだ。
 ヒバリさんと修行してたのはこのオレだぞ。卒業式以来、もう一ヶ月も会えてなかったのに。
 そもそも、あいつが余計なこと吹き込まなきゃ修行じゃなくて普通にデートできてたかもしれないんだ。
 ……いや、ないか。
 いや大体このひとがいけない。何だっていつもリボーンにはあんなデレデレしちゃってるんだ。
 あんな弾んだ声、オレには戦うとき以外向けもしないのに。
 そんな事を思いながら、さっきまでリボーンの座ってた場所にどさりと腰をかけたオレを横目で眺めて、ヒバリさんは、ふっと、あまり性格のよろしく無さそうな笑みを浮かべた。
「なに。妬いてるの」
「!」
 さああっと、顔が赤くなっていくのが判った。
 妬いてるとか、そんな俗っぽい単語がその唇から出ると、何だかやたら恥ずかしい。
 でもそんな感情を、このひとも知っているのかと考えて、オレが赤くなったり青くなったりしていると、ヒバリさんは続けてとんでもないことを言い出した。
「赤ん坊が僕とばかり話して帰るから」
「ちょ、何言ってるんですかヒバリさん!」
逆だ、逆!何考えてるんだこの人。
 オレが好きだって言ってるのちゃんとわかってるのか。
 え、ひょっとして判ってないのに頷いてたの?
「違うんですって!」
「心配しなくても、君の話ばっかりだよ」
「え」
「僕には、過保護すぎると思うくらいだけどね」
 小さく息をついて向こうの緑を眺めながら、ヒバリさんはそう言った。
 思いもしない不意打ちのような言葉に、オレの思考はまたも混乱し始める。
「…あの、ずっとオレの話してたんですか」
「そうだよ」
 ヒバリさんは、何か問題でもあるのと言いたげな顔で、オレの顔を直視する。
 半ば反射的に、オレはその肩を両手で引っつかみ、ぐいと身体を寄せる。
「何、そんな嬉しかった」
 ぐっと近くなった距離の、切れ長の瞳のなかに、戸惑いはあっても、拒絶の色は無い。
 思い切って、両手いっぱいに抱きすくめてみると、呆気ないほど簡単にこのひとは腕の中へと納まってくれた。
「嬉しいです。ヒバリさんが。―ヒバリさんが、ですよ。オレの話ばかりしてくれてたのが」
 嬉しい。
「あのさ、君。言わなきゃわからないみたいだから言うけど。」
ヒバリさんの手が、オレの背中に回されて、パーカーの布地をゆっくりと辿っていく。
「僕は、君のこと興味深いと思っているし、君の強さには期待しているんだよ」
幸せすぎて泣きそうだと思った。


 悪魔みたいな家庭教師と、鬼みたいな元風紀委員長のハイパースパルタドSコンビが、おそらくは目を回しているオレの馬鹿面を眺めながらこってりと練りに練った、ボンゴレ十代目専用ゴールデンウィーク中特製修行スケジュール表を渡されて、涙どころか体液という体液が噴き出しそうになったのは、これからつい数分後のことだったのだが。