2006年9月14日(曇)

 夏休みが終わって2回目の全校集会。
 並盛中学校の体育館では、この夏休み中に行われた様々な生徒達の活動に対する表彰式が行われていた。
 雲雀はいつものごとく、群れから外れた体育館の一番後ろの特等席で、パイプ椅子に深く腰掛けて眠気を堪えるように欠伸を繰り返していた。
「次に、06年度合唱コンクール県大会に出場した並盛中学合唱部の皆さん、壇上に上がってください」
 促されて階段を上る合唱部に続いて、県大会準優勝を果たした持田とか言う剣道部員やら地区大会8強に残った野球部やら作文で表彰された生徒がぞろぞろと舞台に上って行く。
 あらかたは校内の情報に精通する雲雀の既に知るところだったが、続いてマイクから流れ出た情報は初耳で、思わず耳を疑った。
「続いて、全日本ボクシング協会主催、ジュニア大会地区大会優勝、2−Aの笹川了平くん」
「うす!」
 威勢の良い返事と共に、一列に並んだ生徒達の間から了平の色素の薄い頭が跳ね上がった。
 勢いよく壇上へと駆け上って行くのを意外な思いで眺める。
 生徒の側に振り返った了平と目が合うと、受け取った賞状を大きく掲げて、雲雀に笑いかけた、ような気がした。  


「ヒバリ!いるかー?」
「どーぞ」
 騒々しい足音が聞こえたと思ったら、ノックもなしにばたんと扉が開かれる。
「おお。ここが応接室か。始めて入るぞ」
 物珍しげに調度品を眺め回す了平に、正面のデスクで書類を繰っていた雲雀はソファに座るように促した。
 了平は一旦、いかにも落ち着かなさげに革張りのソファに腰を落としたが、すぐに立ち上がるとデスクを挟み、雲雀の真正面に立ちはだかった。
 雲雀は漸く顔を上げ、頬杖をついて了平の顔を斜め下から見上げた。
「君、なんかの大会で優勝したって?そんなこと知らなかったよ」
「うむ、中学のボクシングは残念ながら学校単位の大会はないのだ。しかし、顧問に報告したら折角なので一緒に表彰してくれるということだったのでな」
「まあ、並中の名が上がるのは悪くないからいいよ」
「そこでだ。ヒバリに頼みがある」
 了平は一旦言葉を切ると、雲雀の顔をぐっと見据えた。
 打って変わったような真剣な表情に、雲雀は小さく眉を顰めたが、続きを口にしない了平に肯いてみせ、言葉の先を促した。
「なに」
「今日が何の日か覚えているか?」
「9月。14日?」
 雲雀は眉を顰めて記憶を辿ったが、いくら考えても該当するような事項は出てこなかった。
 諦めて首を横に振ると、了平はむっとした顔で答えた。
「覚えてないのか。オレは忘れもしないぞ。一年前の今日、オレとお前は放課後の教室で拳を交えたのだろうが」
「ああ、あれか」
 漸く思い当たって雲雀は頷いた。
 あれは今頃の時期だったか。
 夕刻だというのにひどく暑くて。ただ対峙するだけで、じっとりと汗がシャツを濡らしていたのを覚えている。
 冷たい雨が数日続き、肌寒いくらいの今日の陽気とは対照的だった。
「あのハンバーグは中々美味しかったよ」
「オレは悔しかったぞ。だから、あれからずっと鍛錬を積んだのだ。これはその成果のひとつだと思っている」
 言って了平は、受け取ったばかりの表彰状を雲雀に向かって突きつける。
 賞状には全日本ボクシング協会の名前と、地区大会優勝という了平の戦果が刻まれていた。
「だから、今一度、お前に勝負を申し込む!オレの一年間の成長をとくと見てくれ」
「何を言い出すかと思ったら。ただの手合わせだろ?そう、大仰に構えるほどのことでもないじゃない」
「オレは真剣だ」
 見下ろしてくる了平の真摯な顔。引き結ばれた唇。
 雲雀は了平の顔を見返して薄く笑う。
「…いいよ。折角だから何か賭けようか」
「おお、受けてくれるか!ならば、またあの店に行くか」
 ぱっと表情を輝かす了平に、雲雀は冷ややかに念を押した。
「別にどこでもいいよ。君、お金持ってるだろうね。去年みたいに君の前には水だけなんて体裁悪いからね」
「……オレが負けること前提なのは極限に気に食わんが。その点は大丈夫だ!田舎に行った折に貰った小遣いがまだ残っているからな」
「うん。じゃあ、始めようか」
 雲雀は、そう言うと椅子から立ち上がった。
 デスクを回り、了平の横に歩み寄ったときには既に両手にトンファーが握られている。
 表情を改め、拳を顔の前に上げて構える了平に、雲雀も正面に水平にトンファーを構えた。
 じりじりと互いに距離をとる。
 足の運び。構えの隙の無さ。
 確かに去年とは段違いだった。
 その間に雲雀も進歩しているだろうことを考え合わせれば、彼の伸びには目を見張るものがある。
「去年よりは楽しめそうだね」
「ぬかせ」
  その要因の一つに、雲雀との戦いがあるのだと了平は先刻言った。
 その言葉は今更ながら、不思議と快い感情を雲雀に与えていた。

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